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『変わった世界 変わらない日本』野口悠紀雄著
 を読む。(注・上の画像はまったく関係ありません)
ある方が読まれていたのを知って、僕も読んでみたいと思ったのがきっかけでしたが、冷戦からIT革命、中国の工業化、リーマンショックの金融危機から現在に至るまでの歴史的な経緯が簡潔にまとめられていて読みやすく、経済は専門外である僕がおおまかに世界的な経済の動きを把握することができる良書でした。

 

  • 冷戦の構造が20世紀型の重厚長大産業にとって有利だったこと
  • 日本とドイツがそのような構造の元で優位に立ちやすい構造をもった国であったこと
  • IT技術による通信コストの劇的な低下が国を横断したアウトソーシングを前提とするビジネスモデルを可能にしたこと
  • 中国が工業化に成功したことで中国にできることを長所としていた20世紀型産業の日本・ドイツが没落し、中国にできないこと(金融業・サービス業)を長所になるように変化を遂げた21世紀型産業のアメリカ・イギリスが成長を遂げていること
  • 日本は20世紀型の産業構造(製造業>サービス業)を温存していて世界全体の経済の流れに逆行しており、これが停滞の原因であること
  • 製造は中国など国外で行い、金融業や、デザイン関係では企画・設計・サービスに特化していくべきこと
  • 豊かさのために必要なもの 円高、デフレ>円安、インフレ
  • 脱原発のために必要なもの 脱製造業、脱工業化

 

などなど、既に知っていたこともそうでなかったことも一つの流れの中にきっちりおさまっていて知識の再点検と追加ができた。また、賃金の低い国に製造をアウトソーシングしようとしても、勤勉な労働力のない国ではうまくいかない、という話は、つい最近知人から聞いた某東南アジアにおける企業の事情(デザイン関係ではない)を聞いていて納得。そうそう、実際そうらしいよ。ボーナス払った次の日に「じゃあね~」って明るく言い放って辞めてくらしいよ、あいつら。

 

で、これは自分にどう引き寄せて読むことができるだろうかと考える。

 

デザインはもともとサービス業だ。もしそれがプロダクトデザインであれば、アップルやらレノボやらいくつかの先行する成功事例がある。でも建築デザインの場合は、新築・改築に関わらず、どうしたって現場とモノに縛られる。さあ、じゃあどうしよう、と大体なるんだけど、本当にそうだろうか?

 

個人的に、今現在関わらせてもらっている仕事で、デザインビルドのようなかたちで仕事をする機会があり、そのような疑念を強くしている。(どんな仕事なのか、とか、きちんと組織として告知できてない段階でのフライングのような話ですいません。でも、頭の中では全部つながって活動してるんだから、これはもうしょうがないですハイ。)

 

ソリューションを提示すること、ソルブするべき問題を見つけること。(ソリューションとか言うと建築業界的にはチャラいとか馬鹿とか思われるぽいんだけど、世の中的にはきわめてまっとうな言葉のはず)

 

これはもう全能の神としてのウィトルウィウスとかミケランジェロ的な建築家はありえなくて、デザインコンサルタントとしての建築家、ということになるかもしれない。(それでいいのか?というのは議論されてしかるべきポイントかも。)IBMが製造することをやめてソリューションと称してコンサルティングをはじめてスマートグリッドとか提案しはじめてるしさ、

 

現場に直に接していないからこそ大きな流れに対して正しい方向にアドバイスすることは、できるはずだ。たとえば、気候や文化など居住性やデザインの点できっちりと把握しているべきことは、身近すぎる人々にとっては逆にわかりにくいものになってることもある。日照時間とか、降水量とか風向とかデータから読み取れることを言うと「え、そうなんですか?」と地元の方に言われることは何度か経験した。地域性みたいなものも、外部の僕らが見ることでより鮮明に見えてくるようなことだってありえる。在来工法からより工業化された工法へと切り替えていくことも、職人が減っていく現実や移民労働者受け入れの流れからしても正しいだろう。でも、直に職人さんに接する方々は、そういうことはわかっていても決断しにくいだろう。コールハースが言ってるように、外部からやってきた観光者の目線は無視できない。なぜなら、これだけネットワークの発達した時代では、ほとんどすべての人がほとんどすべての場所で部外者であり観光者だから。であれば、外部の者であるという点をポジティブに徹底的に発展させていくだけだ。

あと、設計の前段階、企画に関わるというのも、外からだからこそズバッと核心を突くことできること、あるはず。

 

とまあ、思考実験としてはこれ以上のことはなくて、もう実装するかしないか、だけなんだよなとずっと思いながら小さい一歩を踏み出せているのか。どうかな。