先週末を利用して、金沢21世紀美術館に。
『JAPAN ARCHITECTS 1945-2010』展、『3.11以後の建築』展とあわせて、個人的には素晴らしい展示だと思いました。

IMG_8076プールと息子氏

どうも、短い時間で得られる情報の量が多いとき、ぼくはその展覧会はすばらしいな、と思う傾向にあるようで、この密度と量は、僕自身の限られた経験の中で考えると、森美の『メタボリズム展』以来。空間として立体化された本のようなもの。断片的に知っていた物事が全体の中に位置づけられて提示されているものを受け取る快感。読むと頭が整理されて物事を考えやすくなるような。

扱う範囲が広い分、踏み込みは浅いのかもしれないけれど、戦後から現代に至るまで俯瞰的に理解しやすい。その意味では建築ど真ん中の専門家よりも、デザイン・アート・まちづくりなどその隣接分野の専門家などに建築の文脈を理解してもらいやすくなっていたのではなかろうか。

IMG_8067すごい人数の来場者

個人的には70-80年代の日本建築の歴史的な評価・位置づけがなされているように見えて、そこが真新しかった。カテゴリーでいうと「ノン・カラー」のところ。 特に、長谷川逸子がライト・アーキテクチャーの騎手として評価され、それが伊東豊雄のせんだいメディアテークへと繋がるというあたりが、あーそうか、そういうことだったか、なるほどーという感じ。みんなそういうものだと思っていたことではあるけれど、改めてはっきりしっかり指摘されることによって視界がクリアになるような、そんな感じ。

IMG_8068動線が展覧会ごとに変わる美術館。毎回違って飽きない。

歴史上、メインストリームとして記述されてきたラインがあって、同時にその時注目はされていないけれど静かに進行している動きがあって、ある時にサブがメインに浮上していく。歴史上のそういううねりを俯瞰すると、いままさに自分たちもそういう歴史的分岐点ポイントにいるのではないかと思えてくる ( たぶんどの時代の人もそう思っていたんだろうけど )

そういうことを思いながら眺めていると、ちょうど現代に当たる『JAPAN〜』の最後の「ホワイト」の展示と、『3.11〜』の展示の内容の違いが気になってくる。3.11より前と後、という即物的な切断によって両展示は分けられているわけだが、目指している方向があまりにも違っているように見える。 『3.11〜』的な方向性に共感を覚えつつも、『JAPAN ARCHITECTS 〜』の最後の部屋で、平田さんのところで担当させてもらってた「flame frame」が壁いっぱいに展開しているのをみて、いいね〜、と思う自分としては、とてもアンビバレントな気持ちになる

 

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両者の断絶を悲観的にとらえるか、両者を同時に成立させるべき時代だと思うか。
僕としては、両者をつなぎ合わせることのできる時代の潮目にたまたま居合わせたという状況をうまく活かしていきたい。